「朝鮮村試掘」2006年5月2日

       
 「朝鮮報国隊」に入れられていた朝鮮人が「朝鮮村」に埋められているという事実は、 おおくの「朝鮮村」の人たちの証言、および当時の日本人刑務官(衣笠一第7次「朝鮮報国隊」隊長)の 証言 などによって明らかである。
  2006年5月の「試掘」は、紀州鉱山の真実を明らかにする会が、全面的な科学的「発掘」の前提として、   朝鮮人が埋葬されていると村びとが証言する広い地域のうちの僅かな部分(2メートル四方2区画)を、   考古学者とともに,慎重に科学的におこなおうとするものであった。
  この「試掘」は、韓国政府と日本政府による全面的「発掘」→鑑定、犠牲者追悼、日本政府の引責・謝罪・責任者処罰のための第1歩であった。  だが、5月2日、区画の選定、くい打ち、チェサをおこなったのち、表土を剥がしているときに、海南省三亜市外事課によって中断させられた。

 

早朝の区画の選定とくい打ち
くい打ちが終わって 「発掘」を始めるまえに
埋められている犠牲者にあいさつするために
表土の剥ぎとり作業の途中で、くいが抜かれた
「試掘」現場  2006年5月  「試掘」中断3日後
「試掘」現場  2007年1月
 
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